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2011年8月25日

太郎さん、早すぎです

実は青山は我究館の4期生で、館長の杉村太郎さんは私の人生を変えてくれた恩師です。その太郎さんが、8月20日に47歳という若さで早逝されました。

私が大学生だった15年前は、就職氷河期という言葉が定着しはじめた時期で、特に女子の就職活動は一層の厳しいものがありました。一社でも内定が取れるかどうかという諦めムードの中で、太郎さんは「自分を磨け!妥協するな!」と言い続けてきた人です。

イケメンの太郎さんの第一印象は、「うわーかっこいいお兄さんだなあ。優しそう。」
だけど初めて我究館の講義に出席したとき、太郎さんはいきなり遅刻してきた男子生徒に向かって「遅刻した奴ら全員、脱げーっ!」と一喝。その後ずっとパンツ一丁で講義を受ける羽目になった彼らを見て、内心「とんでもない所に来てしまった。。。」と思ったものです。

ですが太郎さんの素顔を知るにつれ、その志の高さと学生達に対する愛情の深さはハンパでないと感じました。我究館はただの就職支援塾なんかじゃなかった。高度経済成長の絶頂期に甘やかされて育ってきた我々を、根本的に鍛えなおしてくれたのです。カッコつけは一切なし、常に本音ベースで、徹夜で討論したり、青春の悩み相談に乗ってもらったり、一緒にご飯食べに行ったり… (度胸つけるため一緒にバンジージャンプに行った学生達までいたようです)

当時の私はKSR-Iという原付バイクに夢中で、頭の中はオートバイ一色でした。だけど、142cm/35kgという小学生並みの体型がネックで、50ccのゼロハンまでしか乗れなかった。本当は400ccの中免(今でいう普通二輪免許)が欲しかったけれど、それは物理的に不可能だと、挑戦する事すら諦めていました。

そんな壁にぶち当たっていた私を後押ししてくれたのが、太郎さんだったのです。実は太郎さんも、青山の体型が全くバイクに不向きである事は分かっていたと思います。だから、私に向かって中免に挑戦しろ、とは敢えて言わなかった。

だけど、太郎さんを通じて自分と向き合っているうちに、中免を諦めきれない自分がいることに気付いたのでした。
「そうだ、どうしても欲しいものを諦めるなら、せめて当たってボコボコに砕けてからにしよう。。。」

で、最初は125ccの小型二輪からスタートして、試験場で何度もコケて教習車のバンパーのライトをばりんばりん割ったりしながらも、なんとか中型免許まで取得したお笑いみたいないきさつは、 こちらのページに長年晒し中。

ピカピカの中型免許を手にして、まっさきに向かったのが我究館でした。
「太郎さん!中免とれました!」

「直子!!よくやった!!」

そう言って、がっしと手を握ってくれた太郎さん。今でも、忘れられない一瞬です。
この一枚の免許が、その後どれだけの奇跡を運んできてくれたか、計り知れません。

ちなみに私の就職活動はさんざんで、のっけからあちこち落とされまくっていたのですが、太郎さんの指導のお陰でなんとか無事にIT系の第一志望の内定をゲット。(後にも先にも内定はこれひとつだったが。。。) だけど、夢のまた夢だった中免が手に入った事のほうが、企業の内定よりも何倍も嬉しかった!



しかしながら本当に悔やまれるのは、卒業後ずっと太郎さんにご無沙汰してきたことです。その後、我究館の仲間たちは社会に出てどんどん成功をおさめていったのですが、私は就職後もバイクとツーリングに明け暮れ、アフリカを放浪し、挙句の果てに離婚。あまりにもカッコ悪くて、とても恩師である太郎さんに会わせる顔が無かったというのが正直なところ。

最後に太郎さんと会ったのは2006年、アメリカに飛行機の免許を取りに行く直前です。
アポも入れずに、ふらりと我究館を訪れました。パイロットの資格を取りに行くという事が、学生時代の中免取得の想い出と重なって、どうしても太郎さんに会ってお礼を言いたかった。卒業から10年後のことです。太郎さんはもう私の顔なんか忘れているに違いないと思っていました。

しかしなんと太郎さんは講義を中断して出てきて、私を一目みるなり
「おおっ、青山直子!!! 元気だったか!」と。。。

この間、数千人もの生徒を教えてきたはずなのに、10年経ってもフルネームで覚えていてくれたなんて驚異的な記憶力です。そして「俺も飛行機免許は挑戦したいと思ってる。頑張れ!」と激励してくれました。だけど、この時すでに太郎さんに癌という病魔が忍び寄っていたなんて、知る由もなかった。

8月25日、私の唯一の我究館つながりであるイトウ先輩から連絡をいただき、太郎さんのお通夜に参列する事ができました。

現地は、弔問に訪れた人々で沿道まで溢れかえっていました。。。太郎さんの影響の大きさを思わずにはいられません。参列のさなか、あちこちに太郎さんの言葉がパネルで展示してある事に気付いた私。出典は、太郎さんが2004年に出版したアツイコトバという書籍です。(iPhoneアプリでも入手可能)

それらのパネルに目を通しているうちに、この15年間、太郎さん自身がさらに遠く深くまで心の旅をしていたという事に、いまさらながら気付きました。うすうす感じてはいたけど、太郎さんの本当に伝えたかった事はたぶん、企業の内定なんてちっぽけな話じゃない。損得に関係なく、自分の魂に忠実に生きろと言っているように思えてなりません。それはすごく難しいことだけど。。。。

でも、超人の太郎さんだって完璧だったわけじゃないと思う。
「死ぬ気でやれよ、死なないから。」
そう言っておきながら、47歳で旅立つなんて、早すぎです。

※追記:太郎さんインタビュー(2008年6月)





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2011年8月23日

スウェーデンから来たよ!(4)

スウェーデン御一行様と一緒に、必殺新幹線で大阪から東京にワープしてきました。

トビアスはその足で羽田空港へ。うん、何でもAir Asiaの激安航空券を買ったら日本に5日ほどしか居られない旅程になったらしい。
さようならトビアス。短い間だけど楽しかったよ。お達者でな~!

というわけで、私とリナの2人で引き続きメガロポリス東京を楽しむことにしました。実は昔から一度、浅草のゲストハウスに泊まってみたかったので、さっそく予約の電話を入れてK's House Tokyoへ!
ドミトリー一泊2800円、雰囲気のいいラウンジに共用キッチン、無料WiFiもついててグッド。こちら宿泊者の9割以上が外国人旅行者で、公用語はほぼ英語。東京に居ながらにして海外バックパッカー気分を味わえます。

「日本に居る間はずっと和食が食べたい!」と親日家のリナ。「じゃあ焼き魚定食なんてどうかな?」「それいい!ぜひ行きましょ!」(彼女もベジタリアンだけど、お魚まではいけるのです)
。。。と入った炭火焼の和食屋さん。リナはビギナー向きのアジ干物焼き定食をお勧め。で、私はちょっとクセのある銀ダラの粕漬けを注文しました。

ちょっと食べてみる?と粕漬けを一口リナに勧めたところ、ほおばるなり無言になるリナ。やばい、さすがに粕漬けは口に合わなかったか?。。。。と思いきや、
「。。。。なにこれっ!どうしたら魚がこんな美味しくなるの!? スウェーデンに持って帰りたい!!売ってるとこ教えて!! 無理ならつくり方教えて。え?一週間も漬け込むの?それは大変ね。うーん、でも美味しいわ。。。」
おおっ、そんなに気に入って貰えて嬉しいですよ~♪

さらに、ラジオ局の選曲もこなすリナは、店でかかっていたナツメロなBGMもイチ早くチェック。
「ちょっと!ねえ、いまかかってる歌はなんていうの?すっごい面白いんだけど!」
「えっと、いまの。。。?ああ、スーダラ節って言う歌だけど。。。」




「スーダラブシ?分かった、明日シンジュクに行って絶対にCD買うわ。選曲で使ってみたい!」
え!!スウェーデンでスーダラ節?大丈夫かオイ。どうしよう、植木等がストックホルムで密かにブームになったりしたらちょっと責任感じるぞ。(^^;)

***** リナ帰国前日の晩 *****

日本最後の想い出に老舗のお寿司を堪能し、ご機嫌でゲストハウスに戻ってラウンジで寛いでいたら。。。
すぐ近くに座っていた背の高いガイジンのお兄さんが私達の会話をきいて「僕もスウェーデンから来たんだ」と自己紹介してくれました。
「あら!スウェーデン人だったの。奇遇だねー。やっぱりストックホルムから?」
「うん。僕もストックホルムだよ。出身は田舎だけどね。。。」
「ふーん、田舎ってどこ?」
デーゲルフォシュってとこだけど」

デーゲルフォシュ!? (゚Д゚)

。。。もしかして、トビアスって人を知ってない?
「トビアスかい?知ってるどころか幼馴染だよ。」
分かった、あなたトビアスと一緒にロシア横断したヘンリックでしょう!
「僕の名前を知ってるの!?てことは、君達はリナとナオコだね。話はトビアスから聞いてる。そう、彼と一緒にシベリア鉄道を使って日本に来たんだ。韓国から別行動にして、僕は九州を重点的にまわってたけどね。」



え~!まさか、たまたまやってきた浅草でトビアスの幼馴染に会うなんてありえな~い。
しかもリナ帰国の前日に。。。世の中狭すぎる。。。

「私達、絶対に良い流れに乗ってるわね」と、リナ。
ええ、私も同感です。

みんな、素晴らしい夏休みをありがとう!

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2011年8月20日

スウェーデンから来たよ!(3)

さあ、念願の直島にも行けたし、大阪で一泊して東京に戻りますか。。。と思ったら、リナが凄い勢いでガイドブックをめくり、「私コーヤサンに行ってみたい!世界遺産でしょう?大阪から近いし!」

なぬっ!?高野山ですと!それは確かに面白そうだけど、大阪から電車でなんてどうやって行ったらいいんだ?はちみつ君、助けて~!

仕事帰りのスーツ姿で登場したお助けマンのはちみつ君は、ネットを駆使して高野山までの乗り換え方法を調べ上げてくれました。ごめんね、平日の夜に連日で深夜まで付き合わせちゃって、マジで寝不足だったよね。(^^;)

一方、元気ハツラツのスウェーデン勢は翌朝ガバッと目覚め、ルンルンの高野山モードです♪
大阪から私鉄を乗り継いで天下茶屋という駅までいき、そこで南海線に乗り換えます。この時駅員さんから耳より情報!「お得な周遊チケットがありますよ。高野山までの往復きっぷと、バス乗り放題がついて3310円!いかがで…」「それ3人分ください」(即答)

電車が深山に分け入るにつれ、あたりの風景は緑一色になってゆきます。ありえない急斜面をケーブルカーに揺られて辿りついたのは、弘法大師が開いた密教の聖地。真夏なのにひんやりとした空気が心地よく、北欧の2人も満足げ。そろそろお昼だねっ!って事でベジタリアンな彼らにピッタリの精進料理を頂きました!

最初に訪れたのは、ちょっと奥まった所にある金剛三昧院。これがまた非常に感じの良いお寺で、庭は美しく手入れされており、背後に苔むした巨大なご神木。あたりには静謐さが漂っており、これは日本人の私にとってもかなりグッとくる風景です。

といって、高野山にある無数の寺院をすべて見て回るのは不可能なので、いちおう観光客的にマストな壇上伽藍も巡ってきました。

こちらは建築がすごかった。幾たびもの焼失を経て、そのたびに再建されてきた長い信仰の歴史を感じます。中には築800年以上もする木造のお堂もあり、その多くが国の重要文化財または国宝の扱いです。ヨーロッパ人にしてみれば石造りの建物が何百年も残るのは当たり前かも知れませんが、日本ほど多湿な環境で木造の建築がこれほど長く原型を留めているのはスゴイと思う。

その後、小雨も降ってきたし、ちょっと一服しますか…と近くの茶店へ。オーダーしたのは抹茶と豆腐で出来たお菓子。これがとても美味しかった!

食器も和風な感じが素敵です。外国から来た友達が、日本でバンバン写真撮って喜んでくれるのを見るのはこっちも嬉しい。

実はこの店、生麩(なまふ)で作った涼菓、笹巻あんぷも扱っていて、興味深々だった我々はさっそく1つずつ注文。笹とよもぎの香りがたまりません!うっま~!

「ねえナオコ、この緑色のお菓子をお土産にスウェーデンまで持って帰れるかしら」
むむぅ。。。気持ちは分かるけど、生菓子は厳しいかもなあ。(^^;)

雨が止む気配がないし終電も心配だったので、帰りのバスに乗って駅まで戻ろうとしたら「どうして帰っちゃうの?奥之院まで見てからにしましょうよ!」とリナ。その探究心、素晴らしすぎる!仰るとおりです。せっかく来たんだから、最後まできっちり見ていくとするか。

さほど期待することもなく訪れた奥之院ですが、想像を絶する神秘空間でした。。。

平たく言うと延々とお墓が続いている霊園のようなものなのですが、ただの墓地ではありません。いたるところに日光の杉並木もビックリな巨木が林立しています。そして墓石から樹木まであらゆるものが苔むしていて、すべてが緑色に溶け合っているような感じ。

しかもタイミング良く日没に訪れたものですから、参道に延々と続く灯篭の神秘的な灯りもあいまって、この世のものとも思われぬ幻想的な風景を目にする事ができました。(一番奥にある御廟は、かの弘法大師が入定した聖地です)

いや~、ここを訪れなかったら、高野山のハイライトを見逃すところでした!
リナのひらめきは、必ずナイスな結果に終わるところが素晴らしいですね。(^o^)/


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2011年8月18日

スウェーデンから来たよ!(2)

「日本に行ったら是非ナオシマに行きたいの!」とリナ。はて?ナオシマってどこじゃ?。。。と思って調べたら、思いっきり瀬戸内海の小島。しかも不思議なアートの島らしい。

うーん、浅草とか京都とかじゃなくて、いきなり直島に行きたいとはさすが芸術家のリナ。通ですな。

しかし直島でどこに泊まるか?ってトコで問題発生。民宿がたくさんあるようなので余裕かましてましたが、いざ2日前に電話をかけてみると「あさって泊まりたい?どこも満員に決まってるじゃないですか。」と言われ超ピンチ。

しまった。思いっきりお盆の真っ最中であった。慌てて別の民宿に連絡しましたが、ちょっと離れて不便そうな所にもかかわらずそこも満室。やっば~い!3人共いきなり路頭に迷う!?
すると、とある民宿が助け舟を出してくれて「オーナーの自宅でよければ泊まって良いですよ」とのこと。助かった!しかもオーナーさんのご自宅だなんて、なんか素敵な香りがする。

。。。というわけで、大阪から岡山まで新幹線でワープし、ローカル線を乗り継いで宇野港へ。もう、このあたりからアートの香りが漂ってきます。港に鎮座している巨大な虹色のチヌのオブジェはすごい。なんと、すべて海岸で拾ったゴミで出来ているらしい!
しかも、後から色を塗ったわけではなく、青いバケツのフタやら赤いポリタンク等(全部ゴミ)を使って、素材の色だけで虹色に仕上げてあります。
カッコイイけど考えさせられる。

さらにフェリーに乗って、やっと直島に到着です。下船するなり目に入るのが、真っ赤なかぼちゃのオブジェ。しかもテントウムシみたいな模様や虫食い穴がなんだか有機的でナイス。こりゃ面白そうだ~。よぉし写真撮りまくるぞ!

。。。と思ったら、直島についた初日に青山のカメラぶっ壊れ。Σ(゚д゚lll)ガーン

「大丈夫よナオコ!使いたいときには私のカメラを使ってちょうだい。」と優しいリナ。うう、ありがとう。お陰さまでこんな写真が撮れました。
(以下、白浜のビーチを見つけるなり「キャー!泳ぐわよー!」と突撃していった準備万端のリナと、パンツ一丁で泳ぎ出したトビアス)


しかし、旅先でコンデジ突然死というありえないハプニングは挽回しようもなく、誠に残念ながら直島滞在中の写真はほとんど撮れませんでした。絵になるモノはいっぱいあったんだけどね~。

以下、直島のハイライトをまとめてみました。
・1日500円のレンタサイクルを借りて、島内一周した。ただし一箇所、心臓破りの急坂がある。
・本村付近の静かなビーチ(貸切状態)で海水浴。トビアスは頭にワカメをかぶって遊んでいた。
・つつじ荘の近くに大きな黄色いかぼちゃあり。模様がウミウシちっくで非常に有機的。
ベネッセハウスミュージアムにて、真っ黒なイカスミカレーに挑戦。現代アート鑑賞。
地中美術館はスゴイ!その名の通り地中に建設されている。内部に照明は一切使っておらず、作品の鑑賞はすべて天然光のみ。我々のお気に入りはオープン・スカイという作品。
・夜は2人とも日本料理屋で初の刺身に挑戦!翌日ハライタを起こすこともなく良かった。
・直島の銭湯 I ♥ 湯 (あい・らぶ・ゆ)は外観だけでなく浴槽の中までアート!




。。。という感じで、まる一日遊びきりました!じつは直島だけでなく周辺の豊島、犬島、小豆島などの島々でもアートプロジェクトが根付いており、世界中から人々が訪れてくるほど有名だったと知って驚いた私。(ガイジンさんはリナ達だけではなかった!)
うーん、どれも面白かった。まだまだ見足りない気もします。けど、今回の直島訪問は、リナの素晴らしいひらめきがなければ実現できなかったこと。

リナ、直島の事を教えてくれて本当に有り難~う!

※その後、トビアスが一言。「あのさ」「何?」「僕発見したんだけど」「うん?」「コンタクトつけたまま海水浴すると、両方とも失くしちゃうって事が分かったよ」「何いぃぃぃ~~~!!! Σ(゚皿゚)」
→その後、帰国するするまで裸眼で過ごしていたようだが、ちゃんと見えていたのだろうか。謎だ。


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2011年8月16日

スウェーデンから来たよ!(1)

今年の夏は、スウェーデンからの旅人が北欧のクールな風を運んできてくれました!

ひとりは、去年の9月コペンハーゲン滞在中に出会ったミュージシャンのリナ。そしてもう一人は、来日三度目のトビアスです。震災や放射能汚染をものともせず、はるばる日本までやってきてくれて本当に有り難う。
私も2人の来日にあわせて会社から1週間のお休みを貰い、一緒に夏休みを楽しむことにしました!

リナはスウェーデンで実績あるサックス奏者+歌手で、ラジオ番組のパーソナリティもつとめています。大の日本贔屓で、なんと「YOSEI(妖精)」という名前で何枚もCDをリリースしてたり。うわーびっくりだー。彼女のサックスを去年ライブで聴いてその素晴らしく表現豊かな音色に感動した覚えがあります。(リナ公式サイトはこちら)

一方のトビアスは、話すと長くなる大陸横断野郎なので省略しますが、7月上旬からこれまたロシアを鉄道で横断して中国に渡り、なんと北朝鮮を訪問してから韓国を訪れ、そこから8月中旬にフェリーで博多に上陸したのでした。相変わらずスケールでかいのう。(さすがに北朝鮮はガイドと称する監視役付きの旅だったらしい)

今回、2人はガイジンさんの特権である新幹線乗り放題フリーパスを武器に、電車でGO!な旅を計画(無計画?)しておりました。すっげー!いいな!私もそのフリーパス買おうっと!。。。と思ったら、日本人は駄目だった。ガク。。。。 orz

とりあえず一旦大阪へ行って、そこでトビアスと合流しようということになりました。それにしたって、大阪なんてわけわかんないよ~!。。。。そうだっ、確か3年くらい前に大阪で、はちみつ君に古民家を改造したすごく雰囲気の良いカフェに連れてって貰ったことがある。
はちみつくーんっ!!助けてー!

そして!大阪のお助けマンはちみつ君の手引きでカフェのすぐ近くのゲストハウスを特別に紹介して貰うことが出来ました。素晴らしい!

博多から広島経由で新幹線乗り継いでやってきたトビアスとも、無事に大阪で合流できて良かったです。いやー、トビアスもはるばるようこそ。去年の9月ぶり?だね。

しかしトビアスは着いてそうそう 「ごめん、実は急いで論文を仕上げなくちゃならないんだ」 と言って、ゲストハウスにお篭り決定。そう、彼は長年、仕事と旅行の傍らで地質学を専攻しているマルチ人間なのでした。

は~いじゃあ大学の宿題頑張ってね~。私達ははちみつ君と一緒に近所の銭湯でひとっぷろ浴びてくるからね~♪お留守番よろしくね~♪


****1時間経過****

ゲストハウスに戻ると、トビアスがビール片手にPCに向かって黙々と論文に取り組んでおりました。おお、さすが未来の学者さんは感心じゃのう。
しかし!「トビアス、こ、これは。。。。。っ!?」


よく見るとPCの電源ケーブルをぶった切って中の線を出し、コンセントに直結させているではありませんか。オマエ本当に北欧人か~!?やってる事がアフリカ流だぞ!

「いや~、さっきPC使おうと思ったら、日本のコンセントが合わない事に気付いてさ。。。まあ、こうしておいた方が世界中どこでも使えるからいいでしょ。ははははは」

早くも珍道中になりそうな予感。。。。(続く)

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